| 《酒肆》 初めていらした方に名刺を差し上げると、とりふじという店名の前にある字は何と読むのかとよく訊かれます。 当店、最初は「T1/2」という店名で始めたのですが、工事が延々と長引き、オープンの日がはっきりとせず、やっと決まったかと思えば指定した日に保健所は検査に来ない、イタリアに発注した椅子は開店後2ヶ月以上届かないなど、トラブル続きでした。そのせいか(周知徹底をさぼっただけなんですが)店名も関係者に浸透せず「T1/2ですがー」と電話で注文すると「えっ?」なんてしょっちゅういわれてました。 業者にいちいち説明するのも面倒だし「とりふじ」といえばすぐわかってもらえたので、開店後まもなく旧店名に戻してしまったのです。 でもそうすると、以前のような焼鳥屋と間違える人がいたりして。苦肉の策で前に「酒肆」と付けることにしたのです。 酒肆は「しゅし」と読みます。肆の訓は「いちくら」で、市で商品を並べたところのことです。それからお店を表すことばとなりました。だから酒肆は酒店、酒屋です。また酒場の意味もあります。韋應物の「酒肆行」や、李白の七言絶句「少年行」の「笑入胡姫酒肆中」は呑み屋のほうです。 読み方のわからない人がけっこういらっしゃるように「肆」の字は日本ではあまり使われておりません。玉村豊男さんは、日本で使われるのは書肆、酒肆くらいであり「肆」の字には、本やお酒といった、同じような形状をしているが中身が違い、種類が数多くあるものを扱うお店という意味があるのではないか、と何かに書いておられました。 私事になりますが、先月家内がニューヨーク旅行に行きました。
「どうだった?」と訊くと、とても面白かったという返事でしたので、さらに「どうしてニューヨークは面白いんだろう?」と訊くと、人種のるつぼ(サラダボウル?)といわれるようにいろんな人種がいて、習慣やライフスタイルが様々だからでは、という答。靴やアクセサリー、雑貨や家具などを扱うお店が楽しくて、ブランドショップに行きたいという気持ちにはならなかった、といっておりました。 私は、ニューヨークは15年ちょっと前に行ったのが最後で、もうすっかり変わってしまったと思いますが、まさにエキサイティングということばがぴったりの街だったと記憶しております。美術館や画廊、ミュージカルやジャズのライブ、話題のレストラン、バーなどもそうでしたが、商店が独自の趣味や視点で豊富な品揃えしているのに興奮しました。 他人との違い、自分の特徴をハッキリと打ち出して主張していかないと、追い抜かれ、埋没してしまうあの街では、お店もまた熾烈な競争にさらされているのだと思います。お店も個性的でなければ生き残れないし、その緊張感が立ち寄る旅行者を興奮させるのだと思います。逆にいえば、厳しい競争社会に生きるニューヨーカーを相手にするからこそ、かくも特化した品揃えの、面白いお店が成り立つのだと思うのです。 東京も、街の再開発に見られるように、伝統も歴史も無視して節度なく変化し続ける、エキサイティングな街といえますが、他人の目を気にしすぎる国民性、みんなと同じでなければと思う国民性のせいか、いかにせん根っこの部分には没個性に安住したがる事なかれ主義がちらつきます。自らの意志で価値を決めるのではなく、マスコミが、誰かが、いいといったからいい。ブランドだからいい。新しいからいい。流行りだから、みんながそうするからいい、といった具合に。
そういった他人依存の判断ではない、商品の集積そのものに自己を語らせるようなニューヨーク的品揃えこそが「肆」ということばが本来持っていた意味なんだと思います。そして当店は、いつも、そういった、偏りのあるお店になりたいと思っています。取り扱うワインに限らず、ビールにしても、日本酒にしても、焼酎にしても・・・すべて。 だから店名は<ワインバーとりふじ>ではなく<酒肆とりふじ> |